
この記事のポイント
- ブエノスアイレス州の少年刑事制度改革が、女性判事の判断で差し止められた。
- ブルリッチ治安相は差し止めを州知事キシロフとの共謀によるものだと示唆した。
- 判事は政治的立場を否定し、司法の中立性をめぐる論争が政治問題化している。
少年刑事制度の改革が、司法の一声で止まった
アルゼンチンで、少年犯罪をめぐる制度改革が司法判断によって差し止められ、それが一気に政治スキャンダルへと発展している。舞台となったのはブエノスアイレス州。首都ブエノスアイレス市とは別の行政区で、人口約1700万人とアルゼンチン全人口の約4割を抱える、国内最大の州だ。ここで進められていた「少年刑事制度(Régimen Penal Juvenil)」の見直し、いわゆる刑事責任年齢の引き下げを含む改革が、一人の女性判事の判断によって停止された。
「一片の疑いもない」——治安相が投げた爆弾
これに強く反発したのが、ミレイ政権で治安を担当するパトリシア・ブルリッチ氏だ。同氏は治安強化路線の象徴的な政治家として知られ、犯罪対策の厳格化を一貫して主張してきた。報じられたところによれば、ブルリッチ氏は「私には一片の疑いもない(No tengo la menor duda)」と述べ、この差し止めがブエノスアイレス州知事アクセル・キシロフ氏との「共謀」によるものだと示唆した。
キシロフ氏は、クリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル元大統領の流れをくむ左派ペロン主義(キルチネル主義)の中心人物で、経済相を務めた経歴を持つ。中央のミレイ政権とは政治的に真っ向から対立する関係にある。つまりブルリッチ氏の発言は、「司法が野党側の政治的意向で動いた」という、司法の独立性の根幹に関わる重い指摘ということになる。
判事側は全面否定「私はクカだったことはないし、これからもない」
批判の的となった判事は、自らへの政治的レッテル貼りを否定する姿勢を示したと伝えられている。報道された発言は「私はクカ(Kuka)だったことはないし、これからもない」というもの。「クカ」とは、アルゼンチンでキルチネル主義の支持者を指して使われる俗語・蔑称にあたる表現で、日本語に置き換えるなら「左派の身内」といったニュアンスに近い。判事はあくまで法的判断であって政治的立場によるものではない、と釈明した形だ。
与野党の応酬はSNS上にも広がり、政権側の政治家と州側の関係者の間で舌戦が交わされたと報じられている。ただし、判事が実際に州側と連絡を取っていたことを示す具体的な証拠が示されたという報道は、現時点では確認できない。ブルリッチ氏の発言は、あくまで政治的な「示唆」の域にとどまっていると見るのが妥当だろう。
日本の読者が押さえておきたい背景
この一件が示すのは、アルゼンチンにおける「治安」と「政治対立」の分かちがたさだ。ミレイ政権は治安の厳格化を看板政策の一つに掲げ、州レベルでもその方向で制度変更が試みられてきた。一方で、少年に対する刑事責任年齢の引き下げは、人権団体や法律家から「再犯防止に効果がない」「国際的な子どもの権利基準に反する」といった批判が向けられやすいテーマでもある。司法が慎重な判断を下す余地は、本来的に存在する。
問題は、その司法判断が「法的な妥当性」ではなく「どちら側の人間か」という軸で語られてしまう点にある。日本でも司法判断が政治的に評価されることはあるが、閣僚が名指しで判事の共謀を示唆する構図は稀だ。制度の是非をめぐる議論が、担当者の政治的出自をめぐる争いにすり替わる——それが今のアルゼンチンで起きていることの本質と言えそうだ。少年法制の行方そのものは、今後の司法手続きの中で改めて判断されることになる。
※本記事はアルゼンチンの現地報道をもとに、編集部が日本語で再構成したものです。
📰 情報ソース:Clarin.com




