🌐 日本語

世界の声 — 各国のローカルニュースを、日本語で

購読するメール通知に登録

9/11から25年、ドイツで消えない「毎日思い出す」記憶

米同時多発テロから25年。ドイツの公共放送などが節目の特集を組み、「毎日あのテロを思い出す」という当事者の証言を通じて、四半世紀たっても癒えない記憶の重さを伝えている。

9/11から25年、ドイツで消えない「毎日思い出す」記憶
🔥🔥 ローカル度・高

この記事のポイント

  • 米同時多発テロから25年を迎え、ドイツの主要メディアが当事者の声を軸にした節目の特集を掲載している。
  • 「毎日あのテロを思い出す」という証言が、四半世紀を経ても記憶が日常に残り続ける現実を伝えている。
  • 実行犯の一部がハンブルクに滞在していた経緯もあり、ドイツにとって9/11は自国に関わる出来事でもある。
シェアX (Twitter)FacebookLINEはてブ

25年目の「9月11日」、ドイツでも特集が相次ぐ

2001年9月11日に米国で起きた同時多発テロから25年。ドイツでも公共放送ARDのニュースサイト「tagesschau.de」など主要メディアが、この節目に合わせた特集を相次いで掲載している。中でも印象的なのは、事件と何らかの形で関わった当事者の言葉だ。「私は毎日あのテロを思い出す」——見出しに掲げられたこの一文は、四半世紀という長い時間が、必ずしも傷を癒やしてはいないという現実を端的に示している。

「毎日思い出す」という言葉の重さ

大きな災害やテロの体験者が、何年たっても当時の光景や音、においを不意に思い出す——こうした反応は一般に広く知られている。特に事件の起きた日付が近づく時期に、気分の落ち込みや不眠、緊張が強まる例があることも、心理臨床の分野では一般論としてしばしば指摘される。今回の証言者の詳しい人物像や状況は現地報道の範囲を超えて断定できないが、「毎日」という表現には、記憶が特別な日だけのものではなく、日常に溶け込んでしまっていることがにじむ。

ドイツにとって「遠い国の事件」ではない理由

日本の読者には意外かもしれないが、ドイツにとって9/11は他国の出来事にとどまらない。実行犯の中心的なメンバーの一部が1990年代にドイツ北部の港湾都市ハンブルクの大学に在籍し、いわゆる「ハンブルク・セル」と呼ばれるグループを形づくっていたことが、その後の捜査で明らかになっている。つまり、計画の一部が自国の街で準備されていたという事実をドイツ社会は抱えてきた。加えて、現地報道はドイツにゆかりのある犠牲者がいたことにも触れており、追悼は自国の問題としての性格を帯びる。

風化と継承のはざまで

25年という年月は、世代がひとつ入れ替わるのに十分な長さだ。ドイツでも、事件当時まだ生まれていなかった若い世代が社会に出始めている。彼らにとって9/11は、テレビの前で息をのんだ「自分の記憶」ではなく、教科書や映像資料を通じて学ぶ歴史上の出来事に近い。だからこそ現地メディアは、統計や政治的な分析だけでなく、個人の声を丁寧に拾い上げる形で節目を報じているとみられる。

日本でも、当時の衝撃を鮮明に覚えている世代と、そうでない世代の差は年々広がっている。誰かの「毎日思い出す」という一言は、出来事を数字や年表ではなく、生身の人間の時間として受け止め直すきっかけになるはずだ。

※本記事はドイツの現地報道をもとに、編集部が日本語で再構成したものです。

📰 情報ソース:tagesschau.de

シェアX (Twitter)FacebookLINEはてブ