
この記事のポイント
- 朱鎔基元首相の死去を受け、香港の陳茂波財政長官が最高の敬意を表明した。
- 陳氏は朱氏を中国経済の飛躍の礎を築いた改革の指導者だと評価した。
- 金融専門家の史美倫氏も、かつての登用を知遇の恩として感謝を語った。
香港の要人が相次いで哀悼
中国の元首相・朱鎔基(しゅ・ようき)氏の死去を受け、香港では政財界の要人が相次いで哀悼の意を表明しています。香港の財政運営を担う陳茂波(ポール・チャン)財政長官は、朱氏に対して「最も崇高な敬意」を捧げ、その功績をたたえました。香港は中国の一部でありながら独自の行政・経済制度を持つ「特別行政区」で、財政長官は日本でいう財務相に近い立場にあたります。
「国家経済の飛躍の礎を築いた」
陳氏は、朱氏が首相在任中(1998〜2003年)に進めた国有企業改革や金融・行政の近代化に触れ、中国経済が高成長へと転じる「礎を築いた」と評価したと現地メディアは伝えています。朱氏は改革を強力に推し進めた指導者として知られ、その手腕は香港の実業界からも一定の信頼を集めてきました。
史美倫氏「知遇の恩に感謝」
香港の著名な金融専門家である史美倫(ローラ・チャ)氏も、朱氏への感謝を語りました。史氏はかつて、中国本土以外の出身者として初めて中国証券監督管理委員会(証券市場を監督する当局)の要職に起用された経緯があるとされ、そうした登用を「知遇の恩」として振り返ったとみられます。ただし発言の詳細な文言は報道により差があり、確定的な引用として断定はできません。
香港と朱氏を結ぶ「金融危機」の記憶
香港で朱氏がとりわけ記憶されているのは、1997〜98年のアジア通貨危機の局面です。当時、投機的な売り圧力にさらされた香港を中国政府が下支えしたとされ、朱氏は香港を「支えた功労者」として語られることがあります。今回の追悼でも、この時期の記憶が改めて呼び起こされています。もっとも、急速な改革が社会に負担をもたらしたとの見方も一部にはあり、評価は一様ではありません。
※本記事は香港の現地報道をもとに、編集部が日本語で再構成したものです。
📰 情報ソース:香港電台新聞網




